月の庵

月の庵つきのあん

経営者・後継者のための“人を活かす”感性哲学塾

万太郎と感性論哲学

万太郎と感性論哲学

牧野富太郎の人生を描いた朝のテレビ小説を観ていて感じる。
やはり人は“この道を歩む”と意志して生まれてくるのではないだろうか?と。

私たちがなんらかの興味・関心・好奇心をもって追い求めるもののその先に、“生まれる前から持っていた自らの天分・使命・役割”につながるものがあり、その道から外れることは、エネルギーの供給源との断絶となり、やる気や生きがいを失うことになってしまう。

私の好きな哲学者ショウペンハウアーは、子どもの頃、父から「もし、商人の道を選ぶならば世界旅行に連れていってやる」といわれて、世界旅行への誘惑に耐え切れず思わず「はい」と言って世界旅行へと旅に出ました。その後、約束通り商人になるための進学をします。しかし、10代の終わり、どうしても“哲学”の道に進みたい‼という抗えない思いが湧いてきて、もう手遅れなのでは・・・と、ある先生にたずねたところ、「今から進んでも大丈夫」と言われ、あふれる涙をこらえきれなかった、とのこと。

あ~、わかる・・・

常識を超えて、善悪を超えて、「私が進みたいのは、この道ではない」という魂の叫び!

それを、感性論哲学では命から湧いてくる欲求、求感性(ぐかんせい)という。
私たち一人ひとりの中に、命・魂が求める何かがある。
それは、子ども時代から今まで、なんらかの信号を発信し続けている。

自らが真に求める道を一人ひとりが喜びをもって歩める世界にしたい、というのが、私の願い。

教育とは、各自の道を発見し、それを本気で育てていく師との出会いが大切だと、万太郎のドラマは教えてくれている。

決断し、自らの道を時に狂気のように邁進してゆく、その道の延長線上に、たくさんの人を幸せにする仕事がある。

“教育”と“仕事”はつながっている